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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18177号 判決

原告

竹島邦治

ほか三名

被告

芳野恵美

ほか二名

主文

一  被告らは、各自、原告竹島邦治に対し金一五四万七五八八円、同竹島品子に対し金八二万五八六二円、同竹島邦子及び同竹島裕子に対し各金二〇六九万七三六八円、及びこれらに対する平成二年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  平成三年(ワ)第一八一七七号事件

1  被告らは、各自、原告竹島邦治に対し金五五〇万円、同竹島品子に対し、金三三〇万円及びこれらに対する平成二年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

二  平成四年(ワ)第二五四一号事件

1  被告らは、各自、原告竹島邦子及び同竹島裕子に対し、各金八四六一万八〇〇二円及びこれらに対する平成二年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、幹線道路(環状八号線)の交差点において、仮免許を取得した者が運転し、右折しようとした教習用の普通乗用車と、その対向車線を走行してきた自動二輪車とが衝突し、自動二輪車の運転者が死亡したことから、その遺族が普通乗用車の運転者、ドライビングスクール及びその指導員を相手に、死亡による人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者の地位

(1) 原告竹島邦治、同竹島品子は、後記交通事故で死亡した竹島将(以下「被害者」という。)の父母である。

原告竹島邦子は被害者の妻であり、同竹島裕子は被害者の子である。同原告らは、被害者を法定相続分により相続した。

(2) 被告芳野恵美(以下「被告芳野」という。)は、仮免許を有し、被告株式会社ラヴイドライビングスクール蒲田(以下「被告会社」という。)の営む自動車教習所の練習生である。

被告岩村彰(以下「被告岩村」という。)は、被告会社の被用者であつて、右教習所の指導員である。

被告会社は、自動車教習所等を営む会社であつて、後記加害車両の保有者であり、被告岩村の使用者である。

2  本件交通事故の発生

事故の日時 平成二年七月六日午前八時三〇分ころ

事故の場所 東京都大田区矢口一―五先の環状八号線上の通称武蔵新田駅前交差点(別紙図面参照)

加害車両 教習用の普通乗用自動車(品川八八な九八一六)。被告芳野が運転し、被告岩村が助手席に同乗して運転指導中であつた。

被害車両 自動二輪車(横浜こ一〇五〇)。被害者が運転

事故の態様 本件交差点において、蒲田方面から池上方面に右折しようとした加害車両と、環状八号線を田園調布方面から蒲田方面に対向直進してきた被害車両とが衝突した。

事故の結果 被害者は、事故当日死亡した。

3  損害の填補(一部)

原告竹島邦治、同竹島品子は、自賠責保険から合計一一八万八二七五円の填補を受け、また、原告竹島邦子、同竹島裕子は、自賠責保険から合計二三八一万四九二五円を受領し、同原告らがそれぞれ二分の一宛損害に充当した。

三  本件の争点

1  責任原因及び免責・過失相殺

(一) 原告らの主張

被告芳野は加害車両を運転し、また、被告岩村はこれを指導しており、両名とも加害車両を右折進行するに当たり、対向してきた被害車両の進行を妨げないように進行する義務があるのに、これを怠つた。

被害車両の急制動前の速度は、時速九二~九八キロメートル程度であり、過失相殺があるとしても、一~二割に止まる。

(二) 被告らの主張

被告芳野及び被告岩村は、本件交差点を右折するに当たり、対向車線に車両が全くないことを確認した上で、右折を実行した。しかし、被害者は、制限速度五〇キロメートル毎時のところを一二〇~一三〇キロメートル(遅くとも時速一〇五キロメートル以上)の速度で本件交差点に進入したものであり、本件事故は、被害者の一方的な過失に基づくから、免責を主張する。

仮に、右被告らに何らかの過失があつたとしても、右の経緯から大幅な過失相殺(少なくとも八~九割以上)を主張する。

2  損害額

(一) 原告ら

(1) 医療費、葬儀費等(原告竹島邦治分) 九五五万〇九七八円

医療費、遺体運搬費等四一万九八四〇円と葬儀関係費九一三万一一三八円の合計額である。同原告が支出した。

(2) 逸失利益(被害者分) 二億〇六三一万三六六〇円

被害者は、著名な冒険小説家兼オートバイレーシングチームの主宰者であり、同人の原稿収入・レース収入(年平均六一七八万円)を管理する有限会社ケイ・インターナシヨナルを設立し、その代表取締役に原告竹島邦子を就任させ、自らは同社の取締役となつていた。同社の収入は、実質的に被害者の収入ということができ、名目的に配分した被害者の報酬一〇二〇万円と原告竹島邦子の報酬七八〇万円のすべては、実質的に被害者の収入であるから、同人の年収を一八〇〇万円とするのが相当である。そして、生活費控除率を三〇パーセントとし、死亡時の三二歳から六七歳までの三五年間につきライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による被害者の逸失利益は右金額となる。

(3) 慰謝料

被害者の死亡による慰謝料として同人分二五〇〇万円、原告竹島邦治、同竹島品子の固有の分として各五〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 八八〇万円

原告竹島邦治分五〇万円、同竹島品子分三〇万円、原告竹島邦子及び同竹島裕子分八〇〇万円である。

(5) 原告らが請求する損害額

〈1〉 原告竹島邦治 右(1)の全額及び(3)のうち同原告分の合計額から被害者の過失相殺分二割及び前記二3記載の一一八万八二七五円の半額を控除した金員のうち五〇〇万円並びに右(4)のうち同原告分の合計五五〇万円

〈2〉 原告竹島品子 右(3)のうち同原告分から被害者の過失相殺分二割及び前記二3記載の一一八万八二七五円の半額を控除した金員のうち三〇〇万円及び(4)のうち同原告分の合計三三〇万円

〈3〉 原告竹島邦子、同竹島裕子 右(2)の全額及び(3)のうち被害者固有分の合計額二億三一三一万三六六〇円から被害者の過失相殺分二割及び前記二3の二三八一万四九二五円額を控除した金額に右(4)のうち同原告ら分を加えた一億六九二三万六〇〇四円の二分の一(相続分)である八四六一万八〇〇二円

(二) 被告ら

(1) 葬儀関係費

本件事故と相当因果関係のある分は一二〇万円程度である。

(2) 逸失利益

原告竹島邦子の報酬分を被害者の収入と評価すべき点は否認する。また、被害者の年収一〇二〇万円も、有限会社ケイ・インターナシヨナルが赤字会社であることから、合理性を欠く。

(3) 慰謝料

原告らの分(被害者を相続した分を含む。)の合計額は一五〇〇万円の範囲内である。

第三争点に対する判断

一  責任原因及び免責・過失相殺について

1  甲ロ五の6、7、乙一ないし九、被告芳野、同岩村各本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、別紙図面記載のとおり、片側三車線の環状八号線とこれと斜めに交差する道路の交差点である。環状八号線は、本件交差点付近では制限速度が時速五〇キロメートルに規制されていた。事故当日は晴れ、事故発生時は午前八時三〇分ころであり、その点からは環状八号線のいずれの車線からも視界を妨げるべきものはなかつたが、本件交差点から田園調布方面への環状八号線の中央分離帯には高さ約二〇センチメートルの縁石の上に高さ約八〇センチメートルのガードレールが設けられていて、別紙図面〈2〉の地点にある普通乗用車の運転席又は助手席からは、対向車線の九五メートル以上先の視界が妨げられ、バイク等の小さい車両については、その存在を認識できても、その速度や加速状態等の動静までは判断できない状態にある。なお、田園調布方面から環状八号線を本件交差点に向かうには、その手前で連続して二箇所の信号があり、本件交差点と直近の信号との距離は約九五メートルである。

(2) 被告芳野は、自動車の路上練習として加害車両を運転し、蒲田方面から本件交差点を右折して池上方面に向かうため、別紙図面〈1〉の位置で信号待ちをしていた。被告岩村は、被告会社の教習員として同車両の助手席に乗り、被告芳野の運転を指導していた。加害車両の前方の横断歩道上には右折車両が信号待ちをしていたが、信号が青に変わると同時に右折して行つてしまつたため、加害車両が事実上先頭車両として右折することとなつた。前示のとおり、本件交差点では池上方面に向かう道路が環状八号線と斜めに交差するため、道路上の右折の指示表示は別紙図面のとおり先のほうにあるが、被告芳野は別紙図面〈2〉の地点までロー・ギアーにより時速一〇キロメートル未満の速度で徐行しながら進行した。同地点で同被告及び被告岩村が対向車線を見たところ障害物は発見されなかつたので、そのままの速度で同地点でハンドルを右に切り、本件交差点の対向車線側に入つた。その後、右被告両名は、視線を加害車両の前方に向けて進行していたところ、交差点を別紙図面〈3〉の地点まで進んだところで被害車両と衝突し、同〈4〉の地点で停車した。

(3) 被害者は、被害車両に乗つて、田園調布方面から環状八号線の第二車線を走行していたが、本件交差点の少なくとも二つ手前の交差点を青信号により発進し、本件交差点の手前の交差点では停止することなく、本件交差点にさしかかつた。訴外宮崎真佐人は、自動二輪車(以下「宮崎車」という。)に乗り、同道路の第三車線を被害車両と併走していたが、同人の知覚したところによれば、加害車両が横断歩道上を右折しようとするのをその一四一・二メートル手前で発見し(以下、この項の数値は、すべて同人の知覚に基づくものである。)、宮崎車のアクセルを戻し始めた。右の地点では宮崎車の速度は時速八〇~九〇キロメートルであつたが、宮崎真佐人は、それから一三・五メートル進行した地点で(すなわち、衝突現場から一二六メートル手前の地点)、宮崎車の左側前方三・〇五メートルの第二車線を加速しながら追い抜く被害車両を認めている。さらに同人は、宮崎車を四一・一メートル進行したところで(すなわち、衝突現場から八四・九メートル手前の地点)、それよりも五一・二メートル先(すなわち、衝突現場から三三・七メートル手前の地点)にある被害車両を認め、それから間もなく被害車両と加害車両の衝突を現認している。宮崎車は、エンジンブレーキにより徐々に減速し、衝突を現認した地点では時速五〇~六〇キロメートルであつた。同人は、被害車両は時速一二〇~一三〇キロメートルの速度が出ていたのではないかと推測する。

(4) 衝突により加害車両(重量は一一九〇キログラム)の左後部扉、フエンダー等が凹損し、フロントガラス等が破損し、被害車両(重量は一八〇キログラム)も前輪、後輪の曲損、タンク凹損等をしている。また、被害車両は衝突の手前で一四・七メートルのスリツプ痕を残した後に、六・六メートル空走して加害車両の左後部側面と衝突し、その後、加害車両の上部を一四・〇メートルの間飛来し、着地後一五・三メートル滑走して停止している。被害者は、加害車両の右側後部に落下した。衝突により、加害車両の後部は一・四メートル蒲田側に路面をえぐりながら押し出された。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被害車両の急制動前(すなわち、右認定にかかる衝突の手前のスリツプ痕が付着する前)の速度に関しては、原告らは九二・五~九八・四キロメートルであつたと、また、被告らは一二〇~一三〇キロメートルであつたとそれぞれ主張し、鑑定書や相手方提出の鑑定書を論難するための意見書を証拠として提出する。すなわち、原告らは、警視庁交通部交通捜査課警部藤岡弘美作成の「速度等に関する捜査報告書」(甲ロ五の1ないし33。以下「藤岡鑑定」という。)及び日本交通事故鑑識研究所の工学士大慈彌雅弘作成の「鑑定書」(甲ロ六。以下「大慈彌鑑定」という。)を、被告らは、日本大学理工学部教授工学博士長江啓泰作成の「速度等に関する捜査報告書に対する意見書」(乙一〇。以下「長江鑑定」という。)及び工学士富家卓也作成の「平成三年(ワ)第一八一七七号事件に関する意見書」(乙一一、一二。以下「富家鑑定」という。)を提出する。なお、被告らは、産機興業株式会社技術顧問菅原長一作成の「鑑定書」(乙九)も提出するが、提出した被告ら自身も同鑑定書には問題の存在することを認めているので(同鑑定書の基本的な問題点は、後記E3のエネルギー量を、加害車両の損傷状態についての特段の分析をすることなく二万一〇〇〇キログラム・メートルとしている点である。)、考慮の対象外とする。

これらの鑑定は、いずれも、エネルギー保存の法則に基づき、本件事故の一連の過程で被害車両が当初持つていた運動エネルギーが急制動や衝突による車体の変形エネルギーなどに費消されたものと考え、その費消されたエネルギーの総合計から被害車両が当初持つていた運動エネルギーを逆算し、これから被害車両の速度を算出する方法を採用している(なお、大慈彌鑑定は、逆算をエネルギーの総合計を算定してから一括して行つているが、他の鑑定は、各段階毎に速度の算出を行つているとの差はある。)。そして、これらの鑑定書等によれば、被害車両がエネルギーを費消すると考えられる場面は次のとおりである。

E1 被害車両が衝突する前に行つた急制動により路面と車体との摩擦で費消されたエネルギーの量

E2 被害車両が右急制動の後、衝突する前に行つた強めの制動により路面と車体との摩擦で費消されたエネルギーの量

E3 衝突時、加害車両の車体を変形させるために費消されたエネルギーの量

E4 衝突時、被害車両の車体を変形させるために費消されたエネルギーの量

E5 衝突後、被害車両の衝突により加害車両が地面と平行に移動した(又は回転した)ことにより費消されたエネルギーの量

E6 衝突後、被害車両の衝突により加害車両が地面と垂直方向に持ち上げられたことにより費消されたエネルギーの量

E7 衝突後、被害車両が停止するまで地面を滑走したことにより、路面と車体との摩擦で費消されたエネルギーの量

これらの点を前提に各鑑定を検討すると、次のとおりである。

(1) 藤岡鑑定

同鑑定は、前示のE1、2、3、7のエネルギーの量を考慮し、被害車両の急制動前の走行速度を九一・九~九四・四キロメートル毎時とする。しかし、E2を考慮している点は、本件事故現場に何らの痕跡も認められないこと、加害車両と併走し、本件事故を目撃した井沢真治は、被害車両の前後輪とも衝突する直前数メートルでは宙に浮いたような状態であつたと現認していること(乙六により認める。)から、問題がある。さらに、E3のエネルギーの量を算定するに当たり、被害車両の重量を基準とすべきところを、加害車両の重量を用いて計算していて、同鑑定が示す値をそのままでは採用することができない。

(2) 大慈彌鑑定

同鑑定は、前示のE1、3、4、5、7のエネルギーの量を考慮し、被害車両の急制動前の走行速度を九二・五~九八・四キロメートル毎時とする。しかし、E3のエネルギーの量を算定するに当たり、何らの根拠もなくエネルギー吸収量の総和を四五〇〇キログラム・メートルとしていること(この点、大慈彌工学士は、甲ロ一七の補充書で、天井部分が柔らかいことを考慮したとするが、いかなるデータに基づき算定したかを説明していない。)、E5のエネルギーの量を算定するに当たり、加害車両が〇・五メートル移動したことを前提として計算し、同エネルギーを四五四・八キログラム・メートルとしているが、前認定のとおり加害車両は一・四メートル移動しているのであり、これを前提とすればE5のエネルギーの量は一二三七・五キログラム・メートルとなり、実際の被害車両の速度は同鑑定が示す速度よりも早いと考えられ、同鑑定が示す値を直ちに採用することは困難である。

(3) 長江鑑定

同鑑定は、前示のE1、3、6、7のエネルギーの量を考慮し、被害車両の急制動前の走行速度を一〇五キロメートル毎時とする。同鑑定は、前示の藤岡鑑定の値を基本としつつ、同鑑定の前示の問題点を克服し、かつ、E6のエネルギーの量も考慮するものであり、藤岡鑑定を補完するものとして、一応採用に値するということができる。もつとも、E5のエネルギーの量を考慮しておらず、この点も考慮すれば、実際の被害車両の速度は同鑑定が示す速度よりも早いと考えられる。

(4) 富家鑑定

同鑑定は、前示のE1、3、4、7のエネルギーの量を考慮し、被害車両の急制動前の走行速度を一一二キロメートル毎時とする。同鑑定は、E3のエネルギーの量を算定するに当たり、被害者の身体による加害車両の損傷の点を考慮していない点に問題があり、直ちに採用するのは困難である。

このように、いずれの鑑定ともに、それらが示す値をそのままの形では採用することは困難であるが、前示の検討によれば、工学鑑定の結果としては、長江鑑定を基本とし、被害車両の急制動前の走行速度は時速一〇五キロメートル以上であつたものと認めるのが相当である。そして、前示宮崎の知覚を基に算定すると、宮崎車が四一・一メートル(一二六マイナス八四・九)を進行している間に被害車は八九・二五メートル(一二六マイナス三・〇五マイナス三三・七)進んでおり、その間の宮崎車の速度を時速八〇~九〇キロメートルと五〇~六〇キロメートルとの間で控え目な時速六〇キロメートルと仮定しても、比例計算すれば被害車は時速一三〇キロメートルで進行していたこととなり、これらを総合すると、被害車両の急制動前の走行速度は、時速一〇五キロメートル以上であつたと認められる。

3  右各認定の事実によれば、被告芳野は、本件交差点を右折するため別紙図面〈2〉の地点まで時速一〇キロメートル未満の速度で進行し、同地点で同被告及び被告岩村が対向車線の安全を確認したところ障害物が発見されなかつたことから、被告芳野はそのままの速度で同地点でハンドルを右に切り、本件交差点の対向車線側に入つたのである。しかし、右折車両は対向車線を直進する車両の進行を妨害してはならないところ、別紙図面〈2〉の地点からは、中央分離帯のガードレールのため対向車線の九五メートル以上先の視界が妨げられ、バイク等大きさの小さい車両はその存在を認識できても、その速度や加速状態等の動静までは判断できない状態にあり、また、前示工学博士長江啓泰が本件交差点を観察調査したところによれば、一般車は右折後速度を増して本件交差点を渡るのに比し、教習車は右折後も速度に変化は見られないのであるから(乙八)、教習員である被告岩村としては、特に対向車線の動向を注視すべきであるということができる。すなわち、両被告ともに加害車両が対向車線側に少し入り視界が開けたところで対向車線の状況を確認すべきであるのに、いずれの被告とも、これを再確認することなく漫然と右折を実行し、しかも、その後は対向車線側の車両の運行状況に注視することなく進行したのであり、それらの過失を否定することはできない。この点、被告らは、被害車両は時速一〇五キロメートル以上という一般道路では予想もつかない速度で走行したから、被告らに責任はないと主張する。しかし、被害車両は、第二車線を走行していたのであるから、本件交差点を右折するに当たり、前示のとおり再確認さえすれば、高速度で進行してくる被害車両を発見し得、従つてその通行を待つてから右折を実行し得たものというべきであるから、理由がない。

そうすると、被告芳野及び同岩村は、民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償すべきであるし、被告会社も、前示争いがない事実によれば、民法七一五条又は自賠法三条により、本件事故による損害を賠償すべき義務を負うことは明らかである。

4  他方、被害者も制限速度を五〇キロメートル以上も上回る時速一〇五キロメートル以上の速度で走行したのであつて、本件道路が市街地に存在する一般道路であつて、本件交差点の手前に連続して二箇所以上の信号があり、右折車両も存在し得ることに照らすと、右速度違反は、交通事故を引き起こす極めて重大な要因となるというべきである。特に第三車線を併走した宮崎車が前方一四〇メートル程度のところで加害車両の右折開始を発見して速度を緩め、加害車両と衝突しなかつたことのに比し、被害者は、逆に速度を増して本件交差点に向かつたことを参酌すると、被害車両の右速度違反は、本件事故の発生の大きな原因となつていることも明らかである。

以上の被告芳野及び被告岩村の過失と被害者の過失の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告らの被つた損害(被害者を相続した分を含む。)については、その五割五分を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

二  原告らの損害額

1  葬儀費等

甲イ三の1、3、一〇によれば、原告竹島邦治は、被害者の医療の費用として東邦大学大森病院に八万二〇二〇円を、遺体の伊豆長岡への運搬のため一四万六二六〇円をそれぞれ支払つたことが認められる。同原告は、さらに家族等の交通費として事故当日一二万一五六〇円を支払つたと主張し、甲イ二はこれに沿うが、誰のどのような交通費か不明であり、本件事故と右支出との間の相当因果関係は明瞭ではない。また、同原告は、病院事務員謝礼として五万円、遺体運搬運転手謝礼として二万円をそれぞれ支出したと主張し、甲イ二はこれに沿うが、遺体の手当等が考えられる病院の事務員に対する謝礼のうち二万円が本件事故と相当因果関係のあるものと認める。遺体運搬運転手はその当然の業務をしたまでに過ぎず、これに対する謝礼は本件事故と相当因果関係は認め難い。

甲イ二、三の2、4ないし19、一〇によれば、原告竹島邦治は、被害者の葬儀費、葬儀に関する関係者の食事、御礼、僧へのお布施等の葬儀関係費として合計九一三万一一三八円を支出したことが認められる。このうち、一二〇万円の分を本件事故と相当因果関係のあるものと認める。

以上の合計は、一四四万八二八〇円である。

2  逸失利益

甲ロ一、二の1ないし28、三の1ないし28、四の1ないし25、七ないし一二、原告竹島邦子によれば、被害者は、昭和三二年一一月二〇日に生まれ、法政大学在学中から映画制作、企画、脚本書きを行い、昭和五九年以降は小説等の著作に従事し、その著作物は、今日性、現代性を強く意識して書かれた作品として好評を博してきたこと、被害者は、その傍らオートバイのレーシングチームの運営も行い、その必要上、昭和六二年に原告竹島邦子を代表取締役とする有限会社ケイ・インターナショナルを設立し、それまで個人所得として申告していた原稿料等の収入を同会社の収入として処理し、本人は同会社の取締役としての報酬を得ることとしたこと、同原告は、同会社の経理と雑用を行い、一日中就労していたこと、本件事故のあつた平成二年七月までは、同会社は年平均六三〇〇万円程度の売上があり(被害者の執筆にかかる原稿料収入がその多くの部分を占める。)、昭和六三年からは、被害者が年間一〇二〇万円、同原告が年間七八〇万円の報酬を得てきたこと、近年では書籍の雑誌化が進み、同一作家が連続して書き進めないと既存の書籍の売上が落ちる傾向にあり、同会社もこの影響を受けて、被害者が死亡してからは売上が急速に落ち込み(平成二年から平成三年にかけての年度では五三七五万八五三一円、平成三年から平成四年にかけての年度では一八七〇万四六一六円)、平成四年四月二四日からは休業していることが認められる。

右認定の事実によれば、被害者は、本件事故がなければ六七歳になるまでの三五年間につき毎年一〇二〇万円の収入が得られたものと推認される。原告らは、同会社の売上は被害者の執筆する原稿による収入が大半を占め、また、節税目的で同会社を設立したことから、原告竹島邦子の年間七八〇万円の報酬分も実質的には被害者の労働の対価によるものとして逸失利益算定の基礎収入に加えるべきであると主張する。しかしながら、前認定のとおり、同原告は、右会社の代表取締役として経理と雑用を行い、一日中就労していたのであつて、右報酬は同原告の労働の対価というべきものであり、また、節税目的で同会社を設立したとしても、報酬として同原告に年間七八〇万円を与えている以上、法律上は同原告の収入であることは明らかであり、同収入をもつて被害者の収入と主張することに理由はない(原告らが右主張をする心情は理解し得ないわけではないが、同原告に報酬を与える等して節税の利益を享受した以上、その法律上の効果を甘受すべきは当然である。)。

そうすると、生活費を三〇パーセント控除し、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、被害者の本件事故による逸失利益は、一億一六九一万〇三六〇円となる。

計算 1020万×0.7×16.374=1億1691万0360

3  慰謝料

前示のとおり、被害者は、著作家として、また、オートバイのレーシングチームの運営家として活躍していたところ、本件事故により生命が断たれたこと、原告竹島邦治は、被害者の死亡により精神的打撃を受け、めまいや左下肢の麻痺を覚え、また、脳梗塞、椎骨脳底動脈循環不全、うつ状態となり、ストレス性肝炎も併発していること、原告竹島品子も、心の痛手が大きく脳梗を発病したこと(甲イ八ないし一〇により認める。)、その他、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡による慰謝料としては、被害者自身に二〇〇〇万円、原告竹島邦治、同竹島品子に各三〇〇万円が相当である。

4  以上の合計は、次のとおりとなる。

(1) 原告竹島邦治 四四四万八二八〇円

(2) 同竹島品子 三〇〇万円

(3) 被害者固有分 一億三六九一万〇三六〇円

三  過失相殺・損害の填補

原告らの前示損害額につき、前示の過失相殺により五割五分を減じ、さらに、前示争いのない損害の填補分を控除すると(なお、原告竹島邦治、同竹島品子についての損害の填補額は、原告ら主張のとおり、同原告らで均分する。)、損害額は、次のとおりとなる。

(1)  原告竹島邦治 一四〇万七五八八円

(2)  同竹島品子 七五万五八六二円

(3)  被害者固有分 三七七九万四七三七円

右被害者固有分は、原告竹島邦子、同竹島裕子が法定相続分二分の一ずつ(同原告一人当たり一八八九万七三六八円)相続した。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、各原告につき、それぞれ次のとおりの金額をもつて相当と認める。

(1)  原告竹島邦治 一四万円

(2)  同竹島品子 七万円

(3)  同竹島邦子、同竹島裕子 各一八〇万円

第四結論

以上の次第であるから、原告らの本件請求は、被告ら各自に対し、原告竹島邦治につき金一五四万七五八八円、同竹島裕子につき金八二万五八六二円、同竹島邦子、同竹島裕子につき各二〇六九万七三六八円及びこれらに対する本件事故の日である平成二年七月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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